A Self-Interview for

"THEATRE BEATLISH"

『シアター・ビートリッシュ』再演に寄せたセルフ・インタビュー

 

2014/11/20 

まず1stセットから。

この作品では、楽曲の歌詞をとても大事にしています。ただ、英語ですし、お客さんは全曲歌詞まで覚えてますっていうビートルマニアばかりでは当然ないので、どうすればこちらの意図が伝わるか、いろいろと考えました。
で、結局、各曲のキーとなる歌詞の一節のみ、すべて対訳つきでパンフレットに記載することにしました。ストーリーの流れを追う手助けになると思うので、パンフレットにもぜひ目を通していただきたいと思います。

一曲めはソロで、Don’t Let Me Down、音楽的にはシンプルなアレンジです。私のイメージとしては、トム・ヨークがアコギ一本で弾き語る”Creep”なんですが。(笑)これは言わないほうがいいかな…。

I Will のサインダンス、愛の誓いを歌ったダンスです。振付は歌詞をなぞっています。
サインダンスというと、ピナ・バウシュのネルケン(カーネーション)が有名かと思いますが、
さすがにギターを弾きながら自分では踊れないので、一平ちゃんにやってもらいました(タップダンサーなのに)が、振りつけが複雑すぎて初演ではちゃんと表現できませんでした…。
まあこれをやれというのが酷い話なのですが。再演でどうしようか頭をひねっているところです。

このあと、一平ちゃんが私の足に括り付けるグングル(鈴)は恋人もしくは花嫁に贈る指輪のような役割を果たしています。

Why don’t we~からCome Togetherはパンフレットに書いてあるとおりです。
Sexy Sadieについては、筋書きの中ではあまりピッタリはまらないのですが、構想を始めた最初の頃にこの曲をやりたいと思っていたのでやりました。まあ、はまらないともいえないのですが…

 

Come Togetherは、音楽的には原曲のエッセンスをふんだんに、一平ちゃんに表現してもらっています。
そのかわりギターは限りなくシンプルです。Sexy Sadieは原曲とはガラッとちがいますが。わたしなりのファンクなのですが、普段あまりやらないリズムなので自分としては新鮮でした

Come Together中の芝居etcは観てのとおりですが、
その後の「すれ違い」のHello Goodbyeからの、すれ違いの結果の「Yesterday」への流れ・編曲は好評を頂けましたね。ルーパーで声を重ねて歌いました。イメージとしては、すれ違いの記憶がこだましている、二人の関係が幸せだった昨日(過去)でアタマがいっぱいの状態です。後ろ向きで心が閉じている、しぜんと歌っていても身体が丸まってきます(笑)
私が「やった!」と思っているのは、伝わっているかどうか気になるところなのですが、Yesterdayの最後の歌詞、(キーなので、パンフレットにも掲載していますが) I believe in yesterday、、がしつこく重なってループして、かわいそうなこの娘はもうかたまっているわけです。そんなとき、どこからともなくI believe in yes、(-terdayをはしょって)という声が聞こえてくる、「YESを信じる!」ポジティブに転換するキッカケです。単純といえば単純ですが(笑)
その後、手紙をとなりにいる彼に渡して、Help!に繋がるのですが、Help!も表題そのまま、助けを求めるために心を開く、という歌です。手紙を渡す相手が誰なのか、ということは特に想定していなかったのですが、喧嘩していたさっきの彼かもしれませんね。

 

 

Help!は音楽的にとても苦労しました。サンバにアレンジしたのですが、サンバなのでタップもサンバで踏んでほしい、でも踊りのサンバというより、ここでは一平ちゃんにパーカッションの役割をシビアにお願いしました。軽く、細かく、正確にアクセントをつけてリズムを足で刻むのはとんでもなく難しいのですよ、なんて私がいうまでもなく(笑)動く限り、タップダンサーは音を出しますからね。
 

そのあと、渡した手紙を一平ちゃんが読み上げる私自作の詞が、この1stセットの肝になりましたね。我ながらうまくいろんなことが都合よく繋がったなと思っています。ここで、母の名(ははのな)がでてきて、Julia(ジョンが母の名をヨーコと重ね合わせて呼ぶラブソング)、となるのですが、「失恋して落ち込んで立ち直ろうとする娘が何故、母の名を呼ぶ?」とハテナが付くかたもいるかもしれないので、説明を付け加えると…

まあ、愛、をテーマに考えれば、私自信の経験上?、、、ある種の「愛」が壊れたら、それについて考えますよね、ほんとうの「愛」てなんだろうか、と。そしたら、やはり無償の愛、ワケミとして自分を産んでくれた母の存在・愛、太陽のひかりのように惜し気もないものであるのでは?と。少なくとも私はそう思いました。なんで壊れたのだろう、なぜ愛されなくなったのだろう、愛されるためにはどうすればいいのだろう、そんな問い自体が愚かであるとある時気づくわけです。そのことは人生において、非常に、もしかしたら一番重要なことだとおもうのです。だから堂々と、1stの締めくくりとして、拙いピアノなだけに切実なJuliaから、私の大好きな曲Across the universeとつなげて、私なりの愛の光、、を視覚的に表そうとしたわけです。それが「なのはな」です。

Across the universeも、歌詞については、昔は難解だと思っていました。ジョンがインド滞在中に体験したであろう、太陽の光がキラキラと美しい情景と心の中のイメージを散文的に表して、インドで得た彼なりの悟りのようなものを謳っているのではと思うのですが、nothing’s gonna change my world(これもパンフレットにあります)という下りが、若いころは「だれも私を変えられない」って頑固?ネガティブでは?と感じていたのですが、決してネガティブではないのですよね。自己肯定、愛の宣言のようでもあると。何者も、愛という本質である私の存在を侵せない、という宣言です。


企画の為に曲目を選んだときは正直、その意味に気づいておらず、「なんだかうまくつながらない、、こじつけすぎ?」と自信がなかったのですが、最終的にはピッタリでした。創作の過程で、私が大事なことに気づくといったことが、他にもありました。



楽曲があまりに好きで、あまりに美しいので、この曲がもっともオリジナルから手を加えていないシンプルな編曲になりました。とはいえ、イントロから変えていますが…。
ストレートに歌を聴いて欲しい、そしてなんといっても、黄色い紙吹雪が美しかったと思います。曲はシンプルなダウンピッキングであるがために、普段ほとんどやらないのでむしろリズムキープが難しかったです。


黄色い紙吹雪(なのはな)は、一平ちゃんに「狂気の沙汰」といわれるほど大量に、丁寧にひとりで作りました。まあ、観ていただければわかりますが、そのかいはあったと思います。後の掃除はたいへんでしたけど…。
一面の菜の花、の情景は、13歳のころの記憶にあって、ある種わたしの憧れでもあるのです。それを、その焦がれる気持ちをもってして、再現しようと思いました。

初演を観てくださった方の感想で、なのはなのシーンについて素敵な解釈がありました。一平ちゃんがなのはなを私の頭に振りかけるようなシーンで、まあこれはふざけてやっているだけなのですが(笑)、その方は「喧嘩もして一平ちゃんの方は殴られもしたけれど、わたしのことを許している」ように思えたと。そういうふうには考えていなかったので、嬉しかったです。

2014/11/21

2ndセットです。
1stセットは、2014年2月28日に初めて自主企画したイベントで演った作品だったので、今回の新作が2ndで、このためにダンサーの宝栄さんにオファーしました。

1st、2ndともに、服装の色、とくに宝栄さんの服装が白から黒に変わることが印象深かったいう感想もいくつか頂きました。
色の持つ象徴性のようなもの、は特に意識しましたね。
1stの主人公の白いドレスは、まだこれからいろいろ経験していくという段階の娘、ということで純真無垢の意味がありますし、靴だけが真っ赤なのは、これから大人の女性になっていく変化を暗示しているというか。
うってかわって、2ndで私、つまり1stの主人公は黒い、可愛げのない服装ですが、これは結婚した女性が纏う色でもありますし、厳格で威圧的な母親という人物像を表してもいます。
対照的に、娘であるプルーデンス、宝栄さんの役名ですが、白いワンピースを着ていると。
そして、このワンピースを途中のシーンで脱ぎ捨てて、床に叩きつけるわけですが…、これは母親に押し付けられた「純真無垢=(ニアリーイコール)幼さ」のイメージを、「もうあんたの言いなりになんかならない」と脱ぎ捨て、精神的自立へ向かうといった意味もあります。
再び母親のもとへ戻ってきた彼女は黒いドレスを着て、本編最後の曲である"Blackbird"を踊るわけですが、この黒い色からも色んな意味を汲み取ることができます。
このあたりはまた後でお話しましょうか…

一平ちゃんも黒を着ていますが、これは彼の役どころがアウトサイダー、とくに悪魔的な何か、もしくは意地の悪い妖精といったところだからですが、結果的に黒で二人、途中からは三人、揃えられて、正解でしたね。
降り積もったままの黄色い菜の花も、洋服の黒によく映えましたし。

三人の役柄については、パンフレットのまえがきでも言及していますので、どうぞそちらもお読みください。


一曲目、I’m looking through youですが、これは私の振付です。
「ほころび組」をご存じの方は、いかにも私らしい振付だと思ってくれるのではと。(笑)
この曲のダンス、ダンスとギターのバチーダ(リズムの刻み)はブラジル北東部の伝統舞踊であるXaxad(シャシャード)を模しています、パロディといったほうがいいかな。気づいた方がいたかどうか…気になりますが。
コミカルな動きの中で、これも部分的に歌詞をなぞっているわけですが、踊る二人の関係性が見えると思います。

二曲目のI am the Warlus、これははっきり言ってディベルティスマン、余興ですね。
音楽的には、誰か怒るんじゃないかというほど、めちゃくちゃ解体していますが…自分では好きです(笑)
アフリカ風タップ、も演目の中に取り入れたかったというのもあります。
ミドルエイト(sitting in the English garden...)の編曲をどうしようか悩んだのですが、一平ちゃんのアイディアも加えて結果的にあのようなシュールな演出になりましたが、まあワンシーンくらいこういうのがあったほうがいいかと。

三曲目のCry Baby Cryも、とても気に入っています。
あまり有名な曲ではないですが、ジョン・レノンお得意のマザー・グース風、もしくは"ルイス・キャロル"テイストの歌詞が秀逸なこの曲を、私は日本のわらべ唄風にしてみました。
してみました、といっても本当はなんとなくギターを弾いているときになんとなく出来たのですが…、絵的にも子供達が長縄で遊ぶ場面なので、音楽とピッタリ合ったと思います。
長縄を使おうと考えたきっかけは、床を打つ音がいいなと思いついたことですが、
長縄遊びの"振付"から次のDear Prudenceへも上手く繋げることができたと思います。
長縄シーンを取り入れる、と決定するまでは長縄が手元になかったので、ギター用の古いシールドを振り回したり自分で飛んでみたりしたのですが、足を引っ掛けるととても痛かったです…。

 

そして、次のDear Prudenceが、2ndセットの山、前半の肝ですね。
このシーンが、つまり曲が、もっとも長くて10分?いや、7分くらいかな?あるわけですが、なんとなくこういうかんじで山場にもってくる、ということは一番初めっから決めていたのですが、具体的に作り上げるには時間がかかりましたし、不安もありました。
今公演の新作、つまり2ndを作ろうと考え始めたとき、一番初めに取り掛かったというか取り付いた?曲がDear Prudenceだったのです。
当初はまた違うテーマが頭にあったのですが…、まあそれも関係がないわけでもなくて…、まあ、いいや(笑)

 

 

この曲でも、(I am the Warlusから)三曲続けてルーパー(サンプラー)を使っていますが、なんせ人員が三名しかいないので、私も他の二人に絡んで行くためにはこの手しかないのですよ。
実は、ルーパーをライブで使用するのはこのビートルズ企画が初めてのことだったので、操作を誤らないか、フットスイッチを踏むタイミングがずれないか、とても不安でしたね。

でも、たとえば声だけを重ねていって楽曲を作る、ということは昔から好きでやっていて、それを舞台上で人前でやる、という違いだけなのですが。
ただ、このシーンは長いですし、音質を変えるエフェクターなども一切使いませんし、ループだけ、、というのは退屈でないか、という不安もありました。不安だらけですね…


でも、このシーンは動きメイン、それぞれソロ、デュオ、トリオ?が絡むある種のダンスがメインなので、ダンスのためのバックグラウンドミュージックとしては最適だ、とも感じていました。
というわけで、不安だらけでしたが最終的には不安はすべて解消しましたよ(笑)
声を重ねる順番とダンス等の場面展開は、エクセルで譜面のようなものを作って管理しました。
そう、そして私も踊りました…。
一平ちゃんと私のユニゾンの踊りと、一平ちゃんと宝栄さんのダンスは私が振りつけましたが、私と宝栄さんのバトっているダンスは宝栄さん主体で、二人で作りました。
身体を担いだり引きずったり、コンタクトワーク、つまりパフォーマー同士が接触・干渉しあう動きが中心の振付ですが、難しかったですね。
宝栄さんに厳しく(笑)指導してもらったのですが、映像でみるとなんと私はドタバタしているのかと…ダンスというよりドタバタ喜劇?ですがまあこれはこれで良いか、アリかな、というか仕方ないよな、というか。
自分で踊ってみると、ダンサーの何気ない動きがいかに訓練された肉体の賜物であるかがわかります。
本当に二人のことを尊敬して憧れているのですよ、自分にはできないことなのでね、改めて告白しておきますがね。(笑)

で、話を戻しますが、母娘、私と宝栄さんのバトルで娘が勝って、怒りのソロダンスがあって、可愛いワンピースと髪飾りを脱ぎ捨てて母の元を去っていくところで、次は母ジュリア(私)と悪魔的な男(一平ちゃん)二人のシーンに移ります。

あ、あと一点だけ。Dear Prudenceの途中で、The Fool On The Hillのメロディを口笛で吹いている箇所があるのですが、どなたかビートルマニアの方で、なぜそうしているのか判る方、いらっしゃるでしょうか?(笑)
...二曲とも、round, round, round, round...というコーラスが共通しているでしょう?そういう遊びを考えるのは楽しかったです。

2014/11/22

2ndの続きです。

娘が家出して涙に暮れる母に向けて、からかうように"Cry Mama Cry~"と一平ちゃんが歌うシーンがありますが、これは先に出てきたCry Baby Cry(make your mother sighと続く)をもじっているのです。本当の歌詞は、「泣け泣け赤ちゃん、母ちゃんため息漏らすまで」なんですが、母ちゃんのほうが泣いているので、Cry "Mama" Cryというわけで。

ここからは母ジュリアの心理描写とともに、一平ちゃんのタップを魅せる曲が続きます。

 

Happiness is a warm gunは、ファンも多いジョンによる名曲、元祖?プログレ曲だと私は思っていますが、この弾き語りアレンジはこの企画以外のライブでも練習がてらに何度か演奏しましたが、非常に好評ですね。
プログレの曲をさらにプログレッシブにアレンジしています。これはぜひ聴いていただきたい。
一曲の中でくるくると展開があるので、一平ちゃんのパフォーマンスも、シアトリカルな要素を全面に出してもらいました。つまり、純粋にタップを踏む、というよりこういうシチュエーションのこういう演技で、という指定をしました。タップダンサー的には我慢させたかもしれませんね。

Happiness is a warm gun(=幸福とは発射した後の温かい銃のことである)ですから、"銃"がキーワードなわけですが、つぎの曲がこれまたホワイト・アルバムからの選曲でYer Blues、歌詞はひたすら「死にたい気分だ!」と言っています。そこで悪魔の一平ちゃんがジュリアを唆すわけです、銃を握らせ何か耳元で囁く、ジュリアはまるで何者かにとりつかれているように、冒頭の歌詞である"yes, I'm lonely, I wanna die"と呟くのですが、なんとか抗い曲の演奏へと移ります。そう、"but if I ain't dead already, girl you know the reason why"、「でもまだ死んでないわけ、なんでかわかるだろ?」と言っていますからね、死なないで済んだわけです。

Yer Bluesは、タップがあって成り立つ音楽、音楽的にタップがしっかりと支える、という趣向でアレンジ、リハーサルをしました。他の曲もですが、一平ちゃんとコラボレーションを始めた2014年2月28日の企画リハーサルから数えて8ヶ月ほどかかってやっと、二人で音楽、というところまで辿りついたと思います。

タップ三曲目はOne After 909、ロカビリーですね。三曲目は、ノリのいい踊りやすい曲、リズムでもう惜しげもなくタップのテクニックを、魅力を魅せて欲しいと思い、選曲しました。ほかにも候補があったのですが、ロカビリー、ロックンロールは私も好きですし、本番もすごく楽しめて、この選曲で良かったですね。
タップ三曲とも、本番の一平ちゃんのパフォーマンスは素晴らしかったと思います。あまり言いたくないのですが、私がリズム的につまづいてしまった箇所もあったのですが、しっかり聴いて合わせてくれて、気迫もひしひしと伝わってきて、リハーサルはもちろん、今までのどのライブとも空気が違いました。お客さんの興奮も伝わってきました。

 

 

 

タップシーンが終わって、選手交代、プルーデンスが帰って来ます。
1stの"いちめんのははのな"のように、ここでもビートルズの楽曲ではない自作の詩、というか歌をひとつ、挿入しました。ただ、コラージュ的に、娘が母の名を呼び(Julia)、母が娘の名を呼ぶ(Dear Prudence)曲の一部を加えたり、歌詞で選んだDo You Want To Know The Secret?の冒頭を加えたり、いろいろ遊びました。



一度家出して戻ってきたプルーデンスには、明らかに変化がみられます。服装や髪型もですが、顔つきすら別人のよう。そして、母娘の関係ももちろん今までどおりではなく、とくに娘の方は相反する思いを抱えつつどうにか母娘が歩み寄ろうとする様子を、母娘の合唱で描きました。そこまで伝えられたかどうかはわかりませんが、宝栄さんは歌声も素敵で音感もすばらしいので、ぜひ一緒に歌ってみたい、ハモりたいという思いがまずありました。さすがに宝栄さんも舞台で歌わされるのはほぼ、初めて?だそうで緊張はしていたと思いますが、白ワンピース時代(2nd前半)の可愛らしい雰囲気からガラッと変わってこの憂いを含んだキリリとした表情、演技は凄いですね

自作の詩で、次のAssum Preto、くろつぐみ、へと誘導しています。言葉遊びですね。
Assum Pretoはビートルズの曲ではなく、ブラジル音楽、フォホー(ブラジル北東部のフォークソング)を代表する作曲家ルイズ・ゴンザーガの曲ですが、おなじ黒いツグミ、ということで、この曲とBlackbirdをメドレーにして演奏する、というアイデアはずっと前からあったのです。
実際には、ブラジルに生息するAssum(つぐみ)と、イギリスのBlackbirdは違う種類なのでしょうが…。
Assum Pretoの歌詞は「もっと美しく鳴くように 誰かがクロツグミの目をえぐった…」というすごく悲しい内容なのです。
Blackbirdも、パンフレットにも載せたとおり、「おちくぼんだ目でどうにか見ようとして/傷ついた翼でどうにか飛ぼうとして」と、なんらかの障害を抱えた境遇にあるわけですが、Assum Pretoが救いようもなく悲しい歌詞なのに対して、Blackbirdには励ましの言葉がかけられているので、真っ暗闇のAssum Pretoから、希望が見えるBlackbirdの流れが良いな、と。

Blackbirdは、黒人女性の人権運動が盛んだった頃にポール・マッカートニーによって書かれた、彼女たちに向けたメッセージソングであると言われています。暗闇から今こそ飛び立つ時だ、自由になるのだ、と。プルーデンスへのメッセージ、もしくはプルーデンスが自分自身を奮い立たせている様子を想定して、この曲をラストに宝栄さんにソロで踊ってもらいました。


Blackbirdのアレンジも、とても苦労しました。これも、2ndを作ろうと決めたわりとすぐ、今年の三月くらいにほぼ即興でこんな感じ、、というイメージを録音して、それがとても気に入ったのですが、ちゃんと構成を決めるまで苦労し、構成を決めても正確に弾けるようになるまでなかなか時間がかかり…、本番の演奏も実はかなり悔いが残っているのですが、編曲は本当によくできたと思っています。歌詞を聴きとるまでまったくBlackbirdだと気付かなかった、とお客さんに言われるくらい原曲から変えていますが、紛れもなくBlackbirdですよ。

そして宝栄さんのダンス、本編ファイナルにふさわしい感動的なパフォーマンスでした。もちろん、本番中は見られないので確認したのは映像でなのですが、お客さんの多くが「泣いた!」と言ってくれていて、私自身、生で見られなかったのが悔しいくらいです。

ここで公演を終えてもよかったのですが、5拍子タップのI feel fine、Girl、あとメンバー紹介に使用したHoney Pieと続けてやりました。
思いがけずアンコールまで頂いて、最終的には押してしまった休憩時間も含めるとトータル二時間半にも及ぶ公演になってしまったので、お客さんは疲れただろうと・・・。再演では蛇足の三曲は、どれか、もしくはすべてカットするかもしれません。

Girlは、コード進行も変えて、フラメンコのイメージで編曲しました。宝栄さん、一平ちゃんがユニゾンで踊ったり、宝栄さんのパルマ(手拍子)で一平ちゃんがタップを踏んだり、宝栄さんのソロパートもあったり、と最後は派手に明るく終えたいというのは私の性格というか好みというか。こちらも蛇足ですが、Girlの歌詞冒頭は"Is there anybody going to listen to my story..."で、訳すと「俺の話を訊け~♪」だと思っているんです。(笑)歌謡曲っぽいでしょう?このアレンジにはなんちゃってフラメンコの歌謡曲、それもジュリーのイメージがあります。あと横山剣と。(笑)

…というわけですが、喋りすぎましたかね。
ブラッシュアップされたアンコール公演@新世界(六本木)で皆様にお会いできることを楽しみにしております。

 

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